TEAPOT MAGAZINE

見たい!行きたい!知りたい! |旅行・おでかけを中心に情報発信!「風の時代」を楽しむライフスタイルマガジン ♪

安達勇人にインタビュー【前編】声優、俳優、いばらき大使、有言実行を実現する人生の楽しみ方

声優・俳優・アーティストとして第一線で活躍しながら、いばらき大使として地域活性に取り組む安達勇人さん。自身が代表を務めるADACHI HOUSEを拠点に、エンタメの力で茨城を盛り上げたいという強い想いから、茨城県まちおこしフェス「IBARAKI DREAM LAND」を昨年立ち上げ、初年度で1.5万人を動員する成功を収めました。常識にとらわれない町おこしに挑み続ける安達さんに、その原点、地域への想い、そして未来への展望についてインタビュー。【前編】【後編】でお届けします。

 

「人生やってみなければわからない」を体現

Q:茨城にこだわった活動を始められた「原点」をお聞かせください

安達:僕は茨城の桜川市出身で、ど田舎でコンビニもないところで育ちました。学生時代は剣道をやっていたのですが、あまり強くなくて。時代劇アクション映画『ラスト サムライ』を見て侍に憧れ、森の中で目をつぶっても当てられるほど打ち込みをするなど、本当に『巨人の星』のような練習をしていました。

 

その成果もあって、部員の中で最弱だった状況からレギュラーに昇格し、キャプテンに抜擢されて部長になり…。無名ながら高校時代にインターハイを優勝できました。映画で価値観が変わったというか、「人生やってみなければわからない」と本気で思ったし、「人を変えられるような影響を与えられる人になりたい」と思って俳優を目指したんです。

 

もともと10代の頃から歌手になりたいという夢もあり、学生時代はモデル経験など芸能とのつながりもありましたが、そもそも僕自身は「人が喜ぶこと」が好き。初めて自分の夢を話したとき、「こんな田舎じゃ無理だ」と多くの人に笑われ、絶対やめろと言われました。でも、人生はやってみなければわからない。高校卒業後は東京に上京しましたけど、「将来は絶対に茨城に夢を与えられる人になろう」と決心し、今に至ります。

 

Q:東京に上京されてからの芸能活動は順調でしたか?

安達:芸能界で勝負したいと思い、舞台のオーディションを受けたところ、美輪明宏さんが演出・主演された舞台『毛皮のマリー』に抜擢いただき、初めて舞台に立ちました。まだまだ新人でしたが、ここで芝居論を学び、ミュージカルにも出会って。その後は2.5次元舞台にも出演するようになり、アニメ声優という新たな仕事が増え、声優・俳優・ミュージカル、そして海外にも進出するようになりました。仕事は順調でしたが、その時に改めて考えたのが「自分がやりたいこと」。

 

北海道に行ったとき、どこに行っても地元の人が「大泉洋が地元のヒーローだ」と言っていて…。茨城という生まれ育った地で自分もそういう存在になりたいと思い、すべての仕事を断り、茨城で勝負しようと決めました。アイドルグループを作り、大勢の人が集まる場所ではなく、あえて人がいない笠間を拠点に活動し、今は「笠間特別観光大使」となっています。「ピンチはチャンス」です(笑)

有言実行の積み重ねが「今」を創る

Q:町おこしを実現するために、どのように行動を起こしたのでしょうか

安達:アイドルグループから独立した後はソロアーティストになり、自分がやりたかった町おこしをいろいろな角度で盛り上げました。茨城活性化プロジェクト「ADACHI HOUSE」を立ち上げ、カフェやファッションブランド、農場、キッチンカー、ダンススクールなど、多角区的な町おこしを仕掛けた結果、会社を起業したり、昔からあった祭りを復活させることができたりして。やりたいことを紙に書いて壁に貼り、達成したらチェックする‥そうした有言実行の積み重ねが今につながっていると思います。

Q:「常識を覆すまちおこし」という言葉に込めている思想とは何でしょうか

安達:僕が実現したいのは、誰も真似できない「前例がない町おこし」。エンタメや音楽、そして地域活性化や町おこしで出会ってきた茨城県各地の方々と垣根を越えて起こす「町おこし・人おこし」が目指しているところ。

 

人との出会いが一番楽しい部分だし、人の心が動いていく連鎖が結果として「町おこし」という形になっていると思うんです。僕の場合は大きな投資ではなく、ソフトな部分から動き始めました。五感で続いていくような感覚で、自治体・行政・商店街と一緒に動くようになって…。その集大成が20歳の時からずっと思い描いていた「IBARAI DREAM LAND(IDL)」。地元で活動したいけど、やり方がわからない人の可能性を広げることができたら。町の人の思い、行政、エンタメの力が合わさり、みんなで地方創生モデルを築いていく面白さを実感しています。今では多くの企業が興味を持ってくださり、大きなフェスへと成長させることができました。

Q:規模が拡大する中で、どのような面白い出会いがありましたか?

安達:自分は「運」と出会えて生きている人間だと思っています。人との出会いがあるからこそ人生は面白い。たまたま拾った財布を交番に届けたら、茨城台湾総会の会長さんの落とし物で、今では息子のように可愛がってもらい、IDLで台湾の良さを伝えられるようになりました。ずっと手探りですが、偶然なのか必然なのか、面白い連鎖に、いつも感謝しかないです。

ピンチはチャンス!上手くいかない時が伸びしろ

Q:挫折や壁を感じたとき、どのように乗り越えてこられましたか?

安達:僕は、失敗や困難にぶち当たった分だけ自分が成長できるチャンスだ!と思える超絶プラス思考。そんな感じで毎回夢や目標を叶えてきました。大きいことを実行すれば必ずピンチが来るもの。そのたびに乗り越えると「あの時諦めなくてよかった!」と必ず思える。むしろ諦めていたら今はない、連続です。ピンチや失敗は辛いけど、「よっしゃ!」「来た来た!試練だ!」となる。これをクリアできるかは自分次第。上手くいっている時より、上手くいかない時の方が、伸び代があります。

 

Q:安達さんがポジティブ思考でいられるマインドについて詳しく教えてください

安達:僕の場合、お金がなかった時代も経験しているので、人の温かさがよくわかる。だから、地位も名誉もなくても人と笑っていられるだけで楽しいんです。出会った人と笑顔でいられたらそれでいいし、何かあれば手を差し伸べられる…人間本来の在り方でいたいし、これでいいんだと思っています。

自然、四季、原理、条理、すべて同じ。お金がなくても楽しい人生が送れることを、人は忘れてはいけない。それが理解できているから、今は怖いものがありません。少し遡りますけど、実は子ども時代の僕は人見知りでした。そんな僕の心が前向きになったのは、中学の友人と一緒に当時流行っていた「ハモネプ」に挑戦し、初めてボイパを披露したとき。みんなが笑顔で喜ぶ光景を見て、面白いことをしよう!という姿勢になったんです。声優や俳優という仕事も相まって、声の力はすごく大事にしているし、信じている部分。ここまで話ししたすべてにつながりますが、本当に「出会い」と「感謝」の連続ですね。あとは直感で生きています(笑)そこから計算では生まれない奇跡や偶然が起きていて、それが今とても楽しいです。

 

インタビュー中も目を輝かせながら質問に答えてくれた安達さん。「人」への深い愛情と、茨城を本気で面白くしたいという強い意志がにじみ出ていました。その強い思いは、どのようにして具体的なアクションへと進化していったのか。後編では、話題の町おこしフェス「IBARAKI DREAM LAND」や軽トラックを使ったライブツアーなど、現在力を入れているプロジェクトや未来構想についてお届けします。

見たい!行きたい!知りたい!
「風の時代」を楽しむ
ライフスタイルマガジン
© TEAPOT MAGAZINE